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64

NINTENDO64

1996年に任天堂が発売した家庭用ゲーム機。日本での発売は6月23日、北米は9月26日。スーパーファミコン後継機として、初めて本格的な3D対応を実現した据え置き機で、アナログスティックを搭載したコントローラが特徴。

メーカー任天堂
発売日1996年6月23日
発売時の価格25,000円
販売台数3,293万台
写真: Evan-Amos(Public domain)

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数え方: 世界での販売本数(Wikipedia 英語版の一覧より)

どんな機械?

この機械は、赤と白を基調とした独特の筐体設計を持つ据え置き型ゲーム機です。スーパーファミコンの後継として開発され、シリコングラフィックス(SGI)との技術提携により、家庭用ゲーム機として初めて本格的な3Dグラフィックスに対応しました。コントローラはスーパーファミコンよりも大型になり、中央にアナログスティック(3Dスティック)が搭載されたことが最大の特徴です。このアナログスティック搭載により、3次元空間での自由な操作が実現され、それまでのゲーム機では不可能だったプレイ体験が可能になりました。

本体にはコントローラ接続端子が4つ用意され、4人同時プレイが標準仕様となりました。ゲームソフトはROMカセット形式で提供され、読み込み速度はCD-ROMの約36倍速に相当する高速データ転送が実現されています。カートリッジ上部には、メモリー拡張パック用の接続ポートが搭載されており、メモリを倍増できるオプションも用意されていました。

生まれたわけ

任天堂はスーパーファミコンの後継機開発にあたり、シリコングラフィックスと1993年に共同開発契約を締結しました。SGIが映画制作などで培った最先端の3Dコンピュータグラフィックス技術を、家庭用ゲーム機へ応用することが目標でした。当初は『プロジェクト・リアリティ』と呼ばれ、コードネームは『Nintendo Ultra64』でした。開発チームは、リアルタイムで3D空間を描画できるMIPS R4300プロセッサを搭載し、家庭用ゲーム機として現実的な価格(250ドル以下)に抑えることを目指しました。

ローンチタイトルの『スーパーマリオ64』と同時開発が進められ、ゲーム体験を踏まえたハードウェア設計が実現されました。1996年4月の発売予定から約2ヶ月延期され、同年6月23日の日本発売となりました。その後、同年9月には北米で発売され、初回出荷35万台が3日で完売するほどの人気を集めました。

ヒットした理由

任天堂64の最大の成功要因は、アナログスティックによる直感的な3D操作でした。『スーパーマリオ64』により、3次元空間でのカメラワークと操作の自由度が実証され、ゲーム業界全体が3Dへ転換するきっかけとなりました。特に北米市場で大きく成功し、累計2,063万台を販売するほどの人気を得ました。

アメリカでの発売から数ヶ月で、『ゴールデンアイ007』『ザ レジェンド オブ ゼルダ 時のオカリナ』など、高品質なファーストパーティータイトルが次々とリリースされたことが、ハードウェア普及を加速させました。最大4人対戦が標準搭載された設計も、パーティーゲームの充実につながり、多くのプレイヤーに支持されました。

知っておきたい豆知識

任天堂64の歴史的な課題の一つが、ROMカセット形式の採用による容量不足でした。当時、競合機のPlayStationはCD-ROMによる大容量記録媒体を採用していたため、高品質な映像や音声の実装でハンデを受けました。このため、スクウェア(現スクウェア・エニックス)やドラゴンクエストシリーズなど、大作タイトルの多くがPlayStation陣営へ流れてしまいました。

一方で、日本国内では554万台の販売に留まり、北米との明確な差が生まれました。2000年7月にはピカチュウをモチーフにした『ピカチュウ任天堂64』が限定発売されるなど、キャラクター活用による販売促進も行われました。2003年には生産終了となり、最終的には全世界で3,293万台が販売されました。

くわしい仕様

CPUMIPS R4300i カスタム(93.75MHz)
発売日1996年6月23日
発売時の価格25,000円
販売台数3,293万台

出典

  • Wikipedia 日本語版・英語版のNINTENDO64に関する記事